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最高裁判所第三小法廷 昭和52年(行ツ)99号 判決

東京都文京区千石三丁目二五番二号

上告人

高安安寿

右訴訟代理人弁護士

近藤与一

近藤博

近藤誠

東京都文京区春日一丁目四番五号

被上告人

小石川税務署長

臼井満

右指定代理人

五十嵐徹

右当事者間の東京高等裁判所昭和五一年(行コ)第一〇号所得税更正決定取消請求事件について、同裁判所が昭和五二年六月二七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人近藤与一、同近藤博、同近藤誠の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係(ただし、原判決三枚目裏一、二行目に「原審及び当審における証人貴島一郎の証言ならびに控訴人本人尋問の結果」とあるのは、「原審における証人貴島一郎の証言ならびに原審及び当審における控訴人本人尋問の結果」の誤記と認める。)に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、独自の見解を主張して原判決を非難するものにすぎず、すべて採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 天野武一 裁判官 江里口清雄 裁判官 高辻正己 裁判官 服部高顕 裁判官 環昌一)

(昭和五二年(行ツ)第九九号 上告人 高安安寿)

上告代理人近藤与一、同近藤博、同近藤誠の上告理由

理由第一点 上告人が法律事務所に賃借していた事務所は、原判決摘示の如く昭和十四年頃から明渡に至るまで永年弁護士業に使用し、上告人について畢生の生活根拠地ともいうべき事務所であつた、その重要な事務所の権利を放棄消滅させ、僅か一、〇〇〇万円の補償金にて明渡すことあり得ない。けだし、上告人は事務所の権利を放棄消滅させ、弁護士を辞め廃業する訳でなく従前通り弁護士業を継続するので、明渡するには移転先の事務所を得ることが、必至の前提要件である、これ代りの事務所を得なければ従前通り業務ができないからである。しかし代りの貸事務所を得るには権利金、事務所設備費等の費用を要しその費用のため補償金を授受したものである。建物賃借人が明渡の際受ける補償金は立退料ともいうが、その性質は賃貸人と賃借人両者の事情によつて異なる、従つて賃借人が受ける移転補償金中には事業に関係のないもの、又は事業に伴わないものもあり、資産でないものもある。

しかるに原判決は理由において、本件事務所賃借権は所得税法第三三条一項(昭和四六年法第一八号による改正前のもの)にいう資産に該当する、資産を有償で消滅させることと有償で資産を譲渡することとは経済的効果に差異がなく同条一項には権利放棄等による資産の消滅する場合も含むもので一、〇〇〇万円の金額は誰渡所得の収入であると判示し(原判決書四枚裏四行十七字から五枚目表四行まで)本件控訴を棄却した。

しかしながら、所得税法第三三条一項には「譲渡所得とは資産の譲渡による所得をいう」(建物又は構築物の所有を目的とする地上権設定その他契約により他人に土地を長期間使用させる行為で政令で定めるものを含む)と規定し、資産の範囲と譲渡行為を限定しある、同法条一項の政令第九六号の同令第七九条第八〇条は法第三三条一項の資産の範囲及び譲渡行為を註釈したものであり、同令には建物の賃借権譲渡所得は包含しない、これ建物賃借権と土地借地権とは性質、及び内容効力を異にし、ことに建物賃借権は譲渡の前後を問わず賃借人の承認なければ譲渡性がないからである。同政令第九二条第九三条は公用収用又はそれに類する収用の場合で本件のように契約によつた補償金を得た場合には適用ない。同政令第九五条には「契約(契約が成立しない場合により、これに代る効果が認められる行政処分その他の行為を含む)に基き又は資産消滅(価値の減少も含む、以下この条において同じ)を伴う事業でその消滅に対する補償金を約して行うものの遂行により譲渡所得の基因となるべき資産が消滅したこと(借地権設定その他当該譲渡につき物権を設定し、又は債権が成立することによりその価値が減少したことを除く)に伴い、その消滅につき一時に受ける補償金その他これに類するもの額は譲渡所得に係る金額とす」ると規定しあるが、同条は資産消滅に係る総ての所得が譲渡所得になる趣意の規定でない「資産消滅が事業に伴い、その資産消滅で補償金を約しそれを受けた場合も譲渡所得に含む」規定である。しかるに弁護士は依頼者から手数料又は報酬を受け、又は無償で事件を引受け、訴訟行為を行い、又は無料又は有料で、法律鑑定顧問することが業務であつて、事業ではない。たとえ弁護士業が事業であつたとしても、事務所賃借権を放棄消滅させ補償金を授受しても弁護士事業に伴つた所得でないから、法第三三条一項(同項政令第九五条)の譲渡所得に該当するものでない。

しかるに、原判決は上告人が弁護士であり事務所明渡し、事務所を自宅を増改築した事務所に移転したことを認め一、〇〇〇万円の補償金は法第三三条一項の譲渡所得に該当すると判示したるは、法令の解釈を誤つた法令違背であり、旦また理由齟齬、不備の判決であり、判決に影響を及ぼすと明かなる法令違背なるを以て破毀を免がれない不当の判決である。

理由第二点 被上告人が受けた補償金一、〇〇〇万円は所得税法第三四条の一時所得であると認定し、上告人の昭和四三年度分の所得税を更正決定した(甲第二〇号証)、それで本件訴訟になったものである。よつて、本件訴訟は一、〇〇〇万円の補償金が所得税法第三四条の一時所得に該当するか否かが争点である。被上告人は本訴(第一審)において一時所得の更正決定は適正であると主張したが上告人の主張により一時所得の更正決定を疑念し、再更正決定又は変更決定もなさず、一時所得でなければ所得税法第三三条一項の譲渡所得であると仮定抗弁した。仮定抗弁は訴訟の攻撃防禦の手段に過ぎない。しかし更正決定は国税の税務行政で公正明確でなければならない(国税通則法第一条)従つて更正決定には課税標準ともいうべき種目を附記し通知すべきである(国税通則法第二五条第二八条三項)。そうでなければ更正決定を受けた者は、いかなる所得で更正決定されたかわからず疑念と不安を与え、公正明確でないのみならず課税処分の性質上明確に附記すべきは当然のことである、たとえば贈与税課税処分し、それが取消訴訟になり訴訟において贈与税所得でなければ譲渡税所得であると仮定抗弁しても、贈与税課税処分が譲渡所得課税処分になり有効処分になるものでない。これ処分の性質上明かである、本件更正決定は、確定申告した事業税に一時所得を合算しその一時所得の種目を附記し決定した。更正決定に誤認あるときは誤認の更正決定は違法である。従つて訴訟において一時所得でなければ譲渡所得である、と仮定抗弁しても一時所得更正決定が譲渡所得の更正決定になり得ない。

しかるに、原判決は一時所得とし課税した処分につき譲渡所得であると主張することは当裁判所の判断は原判決理由二の1の(二)(原判決書一一枚目表一〇行目から同一二枚目表七行まで)及び(三)(原判決書十二枚目表八行目から同裏九行目まで)に説示するところと同じであるから、これを引用すると判示し(原判決書五枚目表九行十九字から同裏二行まで)本訴の訴訟物は更正処分についての違法性一般であり、しかも本件補償金が一時所得に当るか譲渡所得かは一の課税所得に関する法的評価の差異に過ぎないので審判が一時所得に当るか否かに限定され譲渡所得に当るか否かに及ぼし得ない云々と判示しあるが、しかし本件更正決定は補償金が一時所得又は譲渡所得であると更正決定したものでない、(甲第二〇号証)譲渡所得の主張は仮定抗弁であり、上告人の主張に対する反論である。原判決は被上告人の主張は斯様な主張でなく一時所得又は譲渡所得の主張と誤認し判示しあるが、譲渡所得と一時所得とは、所得控除額に差異がある。譲渡所得の控除額は資産譲渡に要した費用額は「直接間接を問ず」所得額から控除されるものであるが、一時所得の控除額は収入を得るために・「直接」に要した金額に限るので、一時所得の更正決定の場合の所得額及び税額と、譲渡所得の更正決定の場合の所得額及び税額には差異があるので所得種目の事実誤認した課税処分は所得額課税額を誤認した決定であり、違法の決定で取消すべきである。従つて本件訴訟物は単なる課税処分でなく、課税処分の事実が誤認であるか否かが訴訟物である、しからば原判決は申立ない事項に判決した違法(民訴第一八五条)旦また理由が齟齬し法令に違背した判決であり判決に影響を及すこと明らかなる以上これまた破毀すべきである。

理由第三点 原判決は理由において控訴人主張の自宅増改築した工事代金は控訴人が本件事務所賃借権を消滅させることに直接関係する経費でないから同法第三三条三項にいう譲渡に関係する経費に該当しないと判示した。(原判決書五枚目裏七行目から一〇行目まで)

しかしながら、上告人が受領した補償金は理由第一、二点で述べたる如く、本件事務所明渡すには代りの事務所を得ることが必要条件である。ところが代るべき貸事務所を得ること不可能になり、しかし事務所を得なければ従前通り業務ができないので止むを得ず貸事務所を得る代りに自宅の住宅を法律事務所に増改造し(住宅を住宅とし増改造したものでない)それに事務所を移転し工事代金四二〇万円を補償金中から支出したものである。事務所明渡による補償金が原判決説示の如く賃借権消滅させた対価であるとすれば賃借権消滅させることは代りの事務所を得るための消滅であるから賃借権消滅に要した費用であつて、費用を支出し代りの貸事務所を得た場合と同様である。譲渡所得額は、資産取得及び資産譲渡に要した費用額の合計額を控除した金額である。(所得税法第三三条三項)譲渡所得に要した費用は資産譲渡に直接要した費用ばかりでなく間接に要した費用額も控除すべきである。法第三四条二項には「一時所得に係る総入金額から収入を得るため支出した金額(その収入を生じた行為をするため又はその収入が生じた原因の発生に伴い直接要した金額に限る)の合計額を控除した金額」と規定しある。しかし、法第三三条三項には「譲渡所得の金額は所得の基因になつた資産の取得費及びその資産譲渡に要した費用額の合計額を控除した金額」と規定し、資産譲渡に直接要した費用ばかりでなく間接に要した費用も控除するものである。これ法第三三条三項と法第三四条二項とを対比すれば十分窺知できる。

そして、上告人は前述の如く本件事務所の代りの貸事務所を得ること不可能に陥り、しかし事務所を得なければ業務を行うことできないため、自宅の住宅を法律事務所に増改造し、事務所を得たので、その事務所に本件事務所を移転したものである。従つて工事代金は事務所を得るための費用であり、すなわち、事務所明渡に要した費用である。

そこで事務所明渡(原判決は資産消滅と判示す)が資産譲渡なりとすれば代りの事務所を得るために要した費用は明渡のために要した費用であり、すなわち譲渡に直接要した費用であり、仮りに直接でないとしても間接に要した費用額であることは明であり、所得額から当然控除すべき金額である。

しかるに原判決は上告人が自宅を事務所に増改築し、それに事務所を移転し工事代金四二〇万円を要したことを認定しながら工事代金費用は本件事務所賃借権消滅には直接関係した経費に該当しない、と判示し、上告人の主張を排斥した事は法令の解釈を誤つた法令の違背であり、また理由齟齬した判決であり、判決に影響を及すこと明かなるを以てこれまた破毀を免れない不当の判決である。

理由第四点 原判決は理由において原審証人尾山秋男の証言及びこれによつて成立を認められる甲第一号証同乙第四号証方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認めるので成立を真正と推定すべき乙第一号証ないし第三号証原審及び当審における証人貴島一郎の証言ならびに控訴人本人尋問の結果を総合すると次の事実を認めることができると判示した(原判決書三枚目表九行目から同裏三行まで)しかしながら原審(第二審)においては貴島一郎は証人でない、同人の証言は原審に存在しないので虚実の証拠を採証し判断した。また乙第四号証は賃貸借合意解約契約書と題してあるが全文タイプで打つてあり当事者全員の捺印がない。私文書に本人又は其の代理人の署名捺印のない私文書は証拠力がない(民事訴訟法第三二六条)また同号証は公務員職務上作成したものでもない。されば虚無の証拠及び証拠力ない文書を採証総合し判断した原判決は採証法則に違反し法令に違背した判決である。けだし裁判所が判決を為すには証拠の結果を斟酌し判断すべきである(民事訴訟法第一八五条)。しかなば原判決は虚無の証拠、及び証拠力ない文書を採証し判断した法令違背があり、判決に影響を及すこと明らかでこれまた破毀を免れない不当の判決である。

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